1883

 それは熊野で最古の化粧筆ブランド創業の原点

 

「1883」この数字は我々にとって最も重要な数字であり現代に続く日本の化粧筆づくりの歴史の原点と言っても過言ではありません。

 それは今から130余年前の1883年、安芸の国現在の広島県広島市で江戸時代から両替商を営んでいた創業者"高本 庄蔵"が高い志を以って「良質な書筆を作る」という理想を胸に広島県の熊野で製筆販売業を始めたことに端を発します。

 

 

1912〜

約100年前、熊野で化粧刷毛の”先覚者”と呼ばれた男

時代の先を読み取り、熊野で初めて化粧刷毛づくりを始める

 

 大正時代熊野の地域は書筆(毛筆)の生産が盛んに行われるようになっていました。

その中で唯一時代の変化をいち早く読み取り後に熊野の刷毛づくりの先覚者と称された人物が二代目当主"高本 正"である。

そして当時の様子を物語る貴重な文献「筆の町 熊野詩」にも今日の熊野の化粧刷毛づくりの礎を築いた人物として記述されている。

当時"高本 正"は周囲からは異端児と言われながらも「これからはより高い製作精度で筆をつくる事ができる刷毛の製法を確立しなければならない」と提唱し、従来の上質な書筆(毛筆)づくりの経験を基に刷毛づくりへと大きく舵をきりました。

しかし度重なる困難と失敗の中でその挑戦は不可能かと思われていました。

そのような逆境の中でも「ものづくりに一切の妥協は許さない」という強い信念のもに試行錯誤が行われ、大正末期遂に熊野で初めてとなり現在の化粧筆の原型とも言われる化粧刷毛が完成いたしました。

そして"高本 正"の先見性と強い信念により生み出された化粧刷毛は当時"美"と"品格"そして高い"教養"が求められた芸者衆の間で広く使われ始め華やかな世界を一層引き立てていったと言われています。

熊野で最初に化粧筆を作った高本正

写真より当時の資料が閲覧できます。

1963

 通産大臣より

輸出貢献企業に認定される

 

日本は基より世界に通づる高い製筆技術、品質が認められ、数多くの筆が輸出されました。

 

 

1960

 熊野で最初の筆の輸出が始まる

 

4代目"髙本 正浩"により洋筆の分野において研究開発の末、日本古来の伝統産業の筆を、現代的な製法を用いた純国産筆を開発・規格化し、グローバルスペック化を果たす。 熊野の筆(化粧筆・画筆)初の海外輸出が始まる。 台湾においては画筆90%のシェアを確保する。

 

 

1965

 ラグジュアリーブランドへ供給

 

日本ではあまり知られてはいませんが、当時卓越した技術と品質から海外のラグジュアリーブランドに化粧筆の供給が行われていました。現在にも通ずるヨーロッパの人々が”上質なメイクブラシ=日本製”という図式はこの時代に生まれたと言われています。

 

 

 今までの100年も、

これからの100年も

 

「1883」この数字が始まって以来130余年間代々その時代の当主はそれぞれの時代に則した最良な筆づくりを行ってきました。しかし創業以来我々の筆づくりの信念そして哲学でもある「ものづくりに一切の妥協は許さない」という徹底した姿勢は1世紀以上変わる事なく受け継がれてきました。今までの100年も、そしてこれからの100年も、変わることなく後世に伝えていく事をお約束いたします。

 

 

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